大分県の椎茸栽培の歴史は古く、江戸時代の初期から県南を中心に栽培されてきました。
椎茸栽培の起源については、佐伯藩の千怒の浦(現津久見市)の源兵衛を祖とするという説が有力と言われています。
時は寛永、源兵衛は佐伯市宇目にてある日炭焼き用の残り材木に、たくさんの椎茸が発生しているのを見つけ、源兵衛はこれに着想し、人工的に栽培することを思いついたとされています。
椎茸の胞子が風で飛んできて付着するのを待つという、とても原始的な方法ですが、その後の椎茸産業にとって大変な業績となりました。
大分県津久見市には、昭和の代になって源兵衛の像や石碑が建立されています。